東京地方裁判所 平成9年(ワ)4526号 判決
原告 鈴木正栄
原告 鈴木和子
原告 鈴木雄大
法定代理人親権者父 鈴木正栄
法定代理人親権者母 鈴木和子
原告 鈴木まどか
法定代理人親権者父 鈴木正栄
法定代理人親権者母 鈴木和子
四名訴訟代理人弁護士 塩川哲穂
被告 秋津運輸有限会社
代表者代表取締役 児玉久米男
被告 児玉久米男
二名訴訟代理人弁護士 高田勝
主文
一 被告秋津運輸有限会社は、原告鈴木正栄に対し、金三一〇七万七三一四円及びこれに対する平成九年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告秋津運輸有限会社は、原告鈴木和子に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成九年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告秋津運輸有限会社は、原告鈴木雄大に対し、金五〇万円及びこれに対する平成九年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告秋津運輸有限会社は、原告鈴木まどかに対し、金五〇万円及びこれに対する平成九年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告らの被告秋津運輸有限会社に対するその余の請求及び被告児玉久米男に対する請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は、原告らと被告秋津運輸有限会社との間において、原告らに生じた費用の二分の一及び被告秋津運輸有限会社に生じた費用について、これを一〇分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告秋津運輸有限会社の負担とし、原告らと被告児玉久米男との間において、原告らに生じた費用の二分の一及び被告児玉久米男に生じた費用は、原告らの負担とする。
七 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告鈴木正栄に対し、各自金四五〇二万一三五三円及びこれに対する平成九年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告鈴木和子に対し、各自金三五〇万円及びこれに対する平成九年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告らは、原告鈴木雄大に対し、各自金一五〇万円及びこれに対する平成九年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告らは、原告鈴木まどかに対し、各自金一五〇万円及びこれに対する平成九年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、同僚と、書類、封書等が積載された荷積用のコンテナを運搬先の倉庫に荷下ろす作業をしていた運送会社の従業員が、そのコンテナの下敷きになって負傷し、障害等級第一級の後遺障害が残存した労働災害事故について、その従業員が、雇用者である会社及びその代表者に対し、安全配慮義務違反を主張して、会社に対しては民法四一五条、七一五条に基づき、代表者に対しては民法七〇九条に基づき、それぞれ損害賠償を求めた事案(但し、一部請求)である。
一 前提となる事実
1 当事者
(一) 被告秋津運輸有限会社(以下「被告会社」という。)は、一般小型貨物自動車による運送事業を業とする労働者数九名の会社であり、被告児玉久米男(以下「被告児玉」という。)は、被告会社の代表取締役である。
(二) 原告鈴木正栄(昭和二七年四月一八日生。以下「原告正栄」という。)は、昭和五六年から被告会社に勤務し、貨物自動車の運転を含む運送荷役の業務に従事してきた。
(三) 原告鈴木和子(昭和二四年一二月二一日生)は原告正栄の妻、原告鈴木雄大(昭和五八年一二月二一日生)はその長男、原告鈴木まどか(昭和六一年八月一八日生)はその長女である。(以上、すべて争いがない。)
2 事故の発生
次の労働災害事故(以下「本件事故」という。)が発生した(争いがない)。
(一) 発生日時 平成八年八月二六日午後二時五〇分ころ
(二) 事故現場 神奈川県川崎市宮前区犬蔵三丁目四番一号所在の渋沢倉庫株式会社京浜流通センター構内
(三) 事故態様 原告正栄は、本件事故当時は被告会社の従業員であった高橋幸城(以下「高橋」という。)と、事故現場において、被告会社所有の普通貨物自動車(四トントラック、以下「本件トラック」という。)のパワーゲート式バックドア(上下に開き、下に開いた部分[以下「ゲート」という。]が上下に動く装置が付いた後部ドア)を開き、書類及び封書等の貨物を入れた荷積用カーゴテーナ(以下、このカーゴテーナを指す時は「本件カーゴ」という。)一台を降ろす作業をしていたところ、ゲートから貨物ホーム(開いたバックドアを下げて接地させ、カーゴを降ろす場所)に転落し本件カーゴの下敷きとなった(転落までの経過については争いがある。)。
3 被告会社における運送作業の概要
基本的な運送作業は、被告会社の従業員二人がパワーゲート式バックドアの貨物自動車で書類及び封筒等を詰めたカーゴを指定された倉庫に納入するというものである。カーゴは重く、キャスターが付いているため、倉庫まで運搬する際、貨物自動車の貨物室内部の側壁に設置してあるレールに、カーゴを固定するラッシングベルトのフックを掛けて荷室内でカーゴが移動しないように固定する。なお、レールは側壁の車両前部側から後部側まで床面と平行して設置されており、フックは、そのレール上の、側壁に寄せたカーゴに向かって左右(車両の前部側と後部側)に掛ける。倉庫に到着したら、ラッシングベルトのフックを外し、カーゴごと降ろして倉庫に納入する(争いがない)。
4 原告正栄の入通院の経過
原告正栄は、本件事故により、第一二胸椎圧迫骨折による脊髄損傷の傷害を負い、次のとおり入通院をした(争いがない)。
(一) 聖マリアンナ医科大学病院
入院 平成八年八月二六日から平成一〇年一月二二日(合計五一五日)
(二) 国立身体障害者リハビリセンター病院
入院 平成一〇年一月二三日から同年七月三〇日(合計一八九日間)
5 労災認定
原告正栄は、本件事故により両下肢完全麻痺、腋以下知覚脱失、膀胱直腸障害の障害が残存し(争いがない)、平成一〇年一二月三一日をもって症状が固定した(甲二四、調査嘱託の結果)。そして、平成一一年四月一三日、この障害について、川崎北労働基準監督署から第一級三号の障害認定を受けた(争いがない)。
6 労災保険給付
原告正栄は、労災保険により、次のとおりの給付を受けた(甲二四、調査嘱託の結果)。
(一) 療養補償給付 一八六八万〇〇六二円
(二) 休業補償給付
保険給付額 五三一万三五八八円
特別支給金額 一七七万一一九六円
(三) 障害補償給付
年金額(平成一一年一月分から一二年一月分まで一か月あたり二七万三二二五円) 三五五万一九二五円
特別年金額 三六万六一六四円
二 争点
1 本件事故の態様について
(一) 原告らの主張
原告正栄は、高橋を同乗させて本件トラックを運転し、事故現場である神奈川県川崎市宮前区犬蔵三丁目四番一号所在の渋沢倉庫株式会社京浜流通センターに到着した。原告正栄は、本件トラックの後部を同センターの構内の貨物ホームに接近させて停止させ降車し、後部ドアを開けてゲートの上に乗り、ラッシングベルトのフックをはずすため、本件トラックの貨物室内に入ろうとしたところ、すでに高橋が貨物室に入っており、ラッシングベルトを緩めて車両前部側のフックを外したので、重量が約四〇〇キログラムもある本件カーゴが後部に向かって動き出した。ところが、高橋はそのままその場に立ったままでいたので、本件カーゴが動き出しているのを見た原告正栄は、車両後部側のフックも外し、後ろ向きに貨物ホームに降りて後部へ移動してくる本件カーゴを支えたが、重量が大きすぎて支えきれず、身体が前屈状態になり、次第に傾いて転倒してきた本件カーゴが背中に覆い被さってきたため、第一二胸椎脱臼骨折の負傷をした。この間、高橋は何もせずに立っていた。
(二) 被告らの主張
原告正栄が高橋を助手席に同乗させて本件トラックを運転し、事故現場に到着したこと、原告正栄が、本件トラックの後部を同センターの構内の貨物ホームに接近させて停止させたこと、後部ドアが開けられたこと、高橋が貨物室に入ってラッシングベルトを緩めて車両前部側のフックを外したこと、その後、原告正栄が車両後部側のフックを外したこと、原告正栄が本件カーゴの下敷きになって第一二胸椎脱臼骨折の負傷をしたことは認め、その余の事実は否認する。
後部ドアを開けたのは高橋である。本件カーゴは、原告正栄がレール上の車両後部側のフックを外した後に少し動いたがすぐに停止した。その際、高橋は、貨物室の床に落ちたラッシングベルトを拾い、貨物室内の中央付近でこれを巻いて片付けようとした。高橋は、これを終えたら原告正栄と協力して本件力ーゴをゲート上に運ぶつもりであったが、原告正栄は、高橋がラッシングベルトを巻いている間に、無言のまま一人で本件カーゴを引っ張ってゲートの方へ後ずさりし、誤って本件カーゴとともに貨物ホームに転落した。
2 責任原因及び過失相殺について
(一) 被告会社の責任原因
(1) 原告らの主張
<1> 債務不履行責任
被告会社は、原告正栄に対し、信義則上雇用契約の附随義務として、原告正栄が労務に服する過程でその生命、身体等を危険から保護し、危害が及ばないように配慮すべき安全配慮義務を負っていた。ところが、被告会社は、高橋には、終始無言でいたかと思うと急にゲラゲラ笑い出すなど奇矯な言動が目立つことを認識し、かつ、原告正栄が十数回にわたって配置換えを申し入れてきたのに、乗務を継続させた。また、原告正栄が教えないようにしてきたラッシングベルトのフックの外し方を教えながら、フックを外した後のカーゴの制御措置について教育しなかったばかりか、高橋にフックの外し方を教えたことを原告正栄に告知しなかった。
したがって、被告会社は、右の安全配慮義務を怠ったから、民法四一五条に基づき、原告正栄に生じた損害を賠償する責任がある。
<2> 使用者責任
高橋は、原告正栄の助手として、重量が重く危険を伴う荷物の搬送作業に従事していたのであるから、作業手順について原告正栄の指示に従った上、本件カーゴの搬出について共同して作業する注意義務があった。ところが、高橋は、これを怠り、原告に無断でラッシングベルトのフックを外した上、本件カーゴの制御措置を全く取らなかったため、原告正栄に本件カーゴの動きを制御をすることを困難ならしめ、本件事故を発生させた過失がある。
高橋は、被告会社の従業員で、本件事故は被告会社の業務中に発生したから、被告会社は、民法七一五条に基づき、原告正栄に生じた損害を賠償する責任がある。
(2) 被告会社の主張
<1> 安全配慮義務違反について
高橋は、奇矯な言動もなく、ごく普通の人物であったから、高橋の乗務を継続させたとしても、被告会社に安全配慮義務違反はない。仮に、高橋に奇矯な言動などがあるとしても、1(二)のとおり、本件事故は、もっぱら原告正栄の過失によって生じたもので、高橋の右言動に起因するものではないから、高橋の乗務を継続させたことと本件事故は相当因果関係がない。
<2> 使用者責任について
1(二)のとおり、本件事故はもっぱら原告正栄の過失に基づくもので高橋に過失はなく、したがって、被告会社も使用者責任を負わない。
(二) 被告児玉の責任原因
(1) 原告らの主張
被告会社は、労働者数九名の小規模運送事業者であり、その代表者である被告児玉は、もっぱら人員の採用ないし配置、従業員に対する追行業務の指示ないし変更等を行っていたところ、原告正栄から、奇矯な言動が見られる高橋の従前の勤務先への問い合わせなどの調査や配置替えをするように申入れを受けていたのであるから、高橋の言動を調査するなどして、配置替えなどの人的対策を講じる注意義務があったのに、これを怠り、漫然と高橋を荷物搬送作業に従事させて本件事故を発生させた過失がある。
したがって、被告児玉は、民法七〇九条に基づき、原告正栄に生じた損害を賠償する責任がある。
(2) 被告児玉の主張
被告児玉は、高橋の助手としての能力、言動等について他の運転者などから事情を聴取し、助手としての能力に問題がないと確認した上、他の常勤取締役とも協議して配置等を決定していたのであるから、被告児玉に注意義務違反はなかった。
仮に、被告児玉に高橋の配置替えなどの対策を講じなかったことが注意義務に反するとしても、1(二)のとおり、本件事故は、もっぱら原告正栄の過失によって生じたものであるから、右注意義務違反と本件事故は相当因果関係がない。
(三) 過失相殺
(1) 被告らの主張
仮に、被告らが債務不履行あるいは使用者責任を負うとしても、原告正栄にも重大な過失があったから、過失相殺がなされるべきであり、その割合は九割を下らない。
(2) 原告らの主張
原告正栄に過失はない。
3 原告らの損害額
第三争点に対する判断
一 本件事故の態様について(争点1)
1 認定事実
前提となる事実、証拠(甲六[一部]、一三の2、一八[一部]、二三[一部]、乙五、八の1、九、一一ないし一八、二一、二二、証人高橋幸城、証人児玉克己、原告本人〔一部〕、被告児玉本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告正栄は、昭和五六年に被告会社に入社し、貨物自動車の運転を含む運送荷役の業務に従事してきた。高橋は、平成八年七月四日被告会社に見習助手として採用され、原告正栄の助手として、書類及び封書等のいわゆるメール便の搬送業務に従事するようになった。
(二) 原告正栄は、メール便の作業を行うに際し、本件事故が発生するまでは、通常、次の手順で作業を行っていた。
原告正栄は、貨物自動車を運転し、運送先に到着すると、まず高橋が降車して貨物ホームに誘導する。貨物自動車の後部が貨物ホームに着いて停止すると、高橋が後部ドアを開く。次に原告正栄がゲートに上がって貨物自動車の貨物室内に入り、ラッシングベルトを緩めて貨物室内部の側壁に設置してあるレールのフックをはずす。原告正栄はカーゴを制御しながらゲート上まで押して来て高橋が下から支える。そして、原告正栄がゲートの上下用スイッチを作動させてゲートを下まで降ろし、二人で貨物ホーム上にカーゴを移動させる。
(三) 高橋は、平成五年ころに東京慈恵会医科大学の精神科に通院し、幻覚妄想状態により平成六年五月二〇日からは聖マリアンナ医科大学病院に通院するようになった。平成七年には、症状が悪化したことなどから同年六月二二日に同病院に入院した。薬物投与によって独語、空笑、幻聴、被害妄想は軽快し、同年九月一六日に退院した。その後は一か月に一回程度通院し、本件事故当時も、時には幻想や幻覚が生じることがあり通院を継続していた。
(四) 原告正栄は、高橋が独り言を言ったり、空笑いをしたりすることがあったので、業務において危険を避けるため、原告正栄が行っていた作業手順のうち、ラッシングベルトやそのフックのはずし方、ゲートを上下させる方法は教えなかった。ところが、高橋は、平成八年七月三一日、被告会社の常務取締役である児玉克己の助手としてメール便の搬送業務に従事した際、児玉克己から、ラッシングベルトの着脱方法やゲートを上下させる操作方法について指導を受けた。
(五) 原告正栄は、平成八年八月二六日午後二時五〇分ころ、高橋を同乗させて本件トラックを運転し、神奈川県川崎市宮前区犬蔵三丁目四番一号所在の渋沢倉庫株式会社京浜流通センターに到着した。本件トラックは、先に降車した高橋の誘導により、その後部を同センター構内の貨物ホームに向けて停止した。高橋は、開閉スイッチを押して後部ドアを開け、貨物室内部に入った。高橋は、原告正栄とのこれまでの作業とは異なり、ラッシングベルトを緩めて車両前部側のフックをはずした。原告正栄は、いつものようにラッシングベルトを緩めてそのフックをはずすため、ゲートの上に乗った。ところが、思いがけず、既に高橋が貨物室内に入ってラッシングベルトを緩めて車両前部側のフックをはずしていたため、車両後部側のフックをはずした上で、後ずさりしながらキャスター付きの本件カーゴ(重量は約四〇〇キログラム)をゲート側に引っ張った。原告正栄は、高橋が車両前部側から本件カーゴを持って制御していると考えて後ろ向きにゲートから降り、本件カーゴを支えようとしたが、ゲートが貨物ホーム側にやや傾斜していたためか、本件カーゴは停止することなく次第に原告正栄の方へ進行してきた。ところが、高橋は、貨物室の床に落ちたラッシングベルトを拾って巻き直し、本件カーゴを持って制御することをしなかった。その結果、原告正栄は、進行してくるカーゴを支えきれず、ゲート側を向いて前屈状態で尻餅をつき、ゆっくりと転倒してきた本件カーゴが、キャスターを車両前部側の上方に向けて原告正栄の背中に覆い被さった。高橋は、本件カーゴが落下する音がしたので直ちにゲートから降りたところ、本件力ーゴの下敷きになった原告正栄を発見した。原告正栄は、本件カーゴの下敷きになるまで、高橋に対し、本件カーゴをすぐ支えたり、持ったりするように指示はしなかった。
(六) 被告会社では、運送したカーゴを貨物ホームに降ろす場合、助手が後部ドアを開けた後、運転手と助手が共にゲートに飛び乗って上部ドアを上に上げ、二人で協力してラッシングベルトのフックを外す。それを邪魔にならない場所へ置いた後、車両前部側と後部側から二人で挟んでゲートの方へ運び、ゲートの手前で今度は左右から挟む形でカーゴを支えてゲート上に移動する。車両前部に向かって左側の者が、スイッチを押してゲートを貨物ホームと接着するまで下げ、二人でカーゴを貨物ホームに運び出す。以上の作業手順が一般である。
(七) 原告正栄は、本件事故以前に、被告会社の常務取締役である児玉克己らに対し、高橋の言動がおかしいことを報告し、以前高橋が勤務していた会社に問い合わせをしてほしいと依頼をしていた。また、児玉克己は、他の従業員から、高橋の言動にややおかしなところがあるとの報告を受けていた。
(八) 被告児玉が出勤をしたときは、従業員はすでに出庫しており、被告児玉は、その後、二階の事務室で執務をしている。現場の従業員と直接話すことは多くなく、現実には児玉克己らに現場のことを任せて、幹部会の際に報告を聞くようにしている。
2 認定事実に反する証拠の検討
(一) 1の認定事実に対し、原告正栄は、本人尋問において、高橋が車両前部側のフックをはずしたところ、本件カーゴは自然に後部側へ動き出したと供述し、同趣旨の原告作成の陳述書(甲一八)がある。
しかし、本件カーゴが自然に動き出したのであれば、高橋に対し、本件カーゴをつかんで制御するように声をかけるのが合理的であり、原告正栄がそれをしていないのが不自然であることは否定できない。この点について、原告正栄は、指示する余裕がなかったとか、高橋は当然に本件カーゴをつかんでいると考えていたなどと供述するが(原告正栄本人調書五〇頁ないし五二頁、五九頁)、声を出すだけであれば、その余裕がなかったとはいえないし、まして、原告正栄は、貨物ホームに降りた際に高橋が何もせずにポカンと立っているのを確認したと供述しているのであるから(原告正栄本人調書三一頁、五二頁、五九頁)、その瞬間に本件カーゴを持つように叫んでもおかしくはない。また、原告正栄は、これまでの経験によれば、原告正栄か高橋のいずれかが本件カーゴをつかんでいれば、ラッシングベルトを外しても本件カーゴは動かないはずであると供述していること(原告正栄本人調書五三頁)と対比すると、高橋が当然に本件カーゴをつかんでいると考えていたというのも合理的な説明とはいえない。
したがって、本件カーゴが自然に後部側へ動き出したとの原告正栄本人の供述及び原告正栄作成の陳述書のうちこれに沿う部分は、いずれも直ちには採用できない。
(二) 他方、原告正栄がゲー卜上から本件カーゴとともに転落したとの証拠(甲六、二三)があるが、これらは、川崎北労働基準監督署長宛ての労働者死傷病報告(甲六)及び神奈川県民共済生活協同組合に提出する被災状況報告書(甲二三)であり、高橋が見聞した内容から推測して記載された可能性があり、前掲各証拠に照らして採用できない。
二 責任原因及び過失相殺について(争点2)
1 被告会社の責任原因
高橋は、重量の重い荷物の搬送業務という危険性の高い作業に従事し、かつ、原告正栄の助手として作業をしていたのであるから、作業手順については、原告正栄の指示を守り、異なる手順を採ったときは、声を掛け合うなどして危険の内容に協動する注意義務があった。ところが、高橋は、これを怠り、これまでと異なり、自らラッシングベルトを外して車両前部側のフックも外した上、原告正栄が本件カーゴとともに後ずさりしているのに、これを持って動きを制御することもなく、漫然とラッシングベルトを巻いていた過失があるというべきである。
したがって、高橋は、民法四一五条に基づく責任を検討するまでもなく、民法七〇九条に基づき、原告正栄に生じた損害を賠償する責任がある。そして、本件事故は、被告会社の業務の執行中に発生したのであるから、被告会社は、民法七一五条に基づき、原告正栄に生じた損害を賠償する責任がある。
2 被告児玉の責任原因
被告児玉は、事務室で業務に従事しており、現実の作業において高橋に指示命令をしたり、同人を監督したりすることはないから、被告会社とは別に、被告児玉個人が、高橋の配置などについて、注意義務を負うとはいえない。
したがって、被告児玉は、民法七〇九条の責任を負わない。
3 過失相殺
原告正栄は、被告会社における一般的作業手順とは異なる手順(貨物ホームに降りる者は、やや下側からカーゴを支えることになり、危険が大きい手順といえる。)で本件カーゴを貨物ホームに降ろそうとした上、高橋が本件カーゴをつかんで制御していると安易に信頼し、高橋に声をかけて共同することなく本件カーゴとともに後ずさりし、両脇に飛び退くなど比較的容易に下敷きになることを回避することが可能であったと考えられるのにこれを怠り、本件カーゴの下敷きになった過失があるというべきである。
本件事故の態様、被告高橋と原告正栄の過失の内容などの事情を総合すると、原告正栄の過失割合は五〇パーセントとするのが相当である。
三 原告らの損害額(争点3)
1 原告正栄の損害
(一) 治療費(原告正栄主張額なし) 一八六八万〇〇六二円
原告正栄は、労災保険から、療養補償給付として一八六八万〇〇六二円を受領しているから、聖マリアンナ医科大学病院及び国立身体障害者リハビリセンター病院での治療費として右の額を負担したものと推認できる。
原告正栄は治療費を請求していないが、後記の過失相殺をする関係上、損害総額を算出するため、ここに掲げる。
(二) 入院雑費(原告正栄主張額九一万五二〇〇円) 九一万五二〇〇円
原告正栄は、聖マリアンナ医科大学病院及び国立身体障害者リハビリセンター病院に、平成八年八月二六日から平成一〇年七月三〇日まで合計七〇四日入院したので、入院雑費としては、一日あたり一三〇〇円の、七〇四日分で九一万五二〇〇円を相当と認める。
(三) 休業損害(原告正栄主張額五二七万四六一三円。但し、休業補償給付を控除した残額)
一〇五八万八二〇〇円
原告正栄は、本件事故の前年である平成七年において、年間四五三万七八〇〇円(平均月額三七万八一五〇円)の収入を得ていたから(甲一二)、平成八年においても、本件事故に遭わなければ、少なくとも同額の収入を得ることができたと推認するのが相当である。また、原告正栄は、平成一〇年七月三〇日に国立身体障害者リハビリセンターを退院したものの、同年一二月三一日に症状が固定し、川崎労働基準監督署から第一級三号の障害認定を受けたほどであるから、原告らが主張する平成八年九月一日(本事故が発生した日から六日目)から平成一〇年一二月三一日までの二八か月間は一〇〇パーセントの労働能力の制限を受けたということができる。
これらを前提に、原告正栄の休業損害を算定すると、一〇五八万八二〇〇円となる。
(計算式)
378,150×1×28=10,588,200
(四)逸失利益(原告正栄主張額一五六九万一一五六円。但し、障害補償給付を控除した残額)
五八一七万九五八七円
原告正栄は、障害認定の内容に照らすと、症状固定により一〇〇パーセント労働能力を喪失したということができる。そして、症状固定当時四六歳であったから、本件事故に遭わなければ、少なくとも六七歳までの二一年間にわたって稼働し、その間、平均して、少なくとも本件事故の前年の収入である年間四五三万七八〇〇円を下らない収入を得ることができたというべきである。したがって、これらを前提に、ライプニッツ方式により二一年間の中間利息を控除し(係数一二・八二一一)、原告正栄の逸失利益を算定すると、五八一七万九五八七円(一円未満切り捨て)となる。
(計算式)
4,537,800×1×12.8211=58,179,587
(五) 慰謝料(原告正栄主張額三一〇〇万円) 二四〇〇万円
原告正栄は、平成一一年八月二七日、神奈川県民共済生活協同組合から、不慮の事故高度障害共済金として六〇〇万円、不慮の事故入院給付金一五万円の合計六一五万円の給付を受けたが、この掛け金月額二〇〇〇円は被告会社が支払っていた(乙三一ないし三四、三六)。
原告正栄の負傷内容、入院の経過、残存した障害の内容及び程度に加え、右の共済給付金の支払などの一切の事情を総合すると、原告正栄の慰謝料としては、二四〇〇万円を相当と認める。
(六) 過失相殺及び損害のてん補
(1) 原告正栄は、労災保険による給付を受けているが、これによって損害のてん補がなされるのは、同一の事由に基づく損害に限られる。そして、療養補償給付は、治療費及び入院雑費と、休業補償給付及び障害補償給付は、休業損害及び逸失利益の消極損害と同一の事由の関係にあるというべきである。
そうすると、過失相殺後、労災保険給付による損害のてん補がなされた分と控除すると、次のとおりとなる。
(2) 治療費及び入院雑費
治療費及び入院雑費の合計額一九五九万五二六二円に、原告正栄の過失割合である五〇パーセントに相当する額を控除すると、九七九万七六三一円となる。ところが、原告正栄には、療養補償給付として一八六八万〇〇六二円が支給されているから、治療費及び入院雑費は全額てん補されたことになる。
(3) 休業損害
休業損害一〇五八万八二〇〇円に、原告正栄の過失割合である五〇パーセントに相当する額を控除すると、五二九万四一〇〇円となる。ところが、原告正栄には、休業補償給付として五三一万三五八八円が支給されているから(なお、特別支給金一七七万一一九六円は損害額から控除しない。)、休業損害は全額てん補されたことになる。
(4) 逸失利益
逸失利益五八一七万九五八七円に、原告正栄の過失割合である五〇パーセントに相当する額を控除すると、二九〇八万九七九三円(一円未満切り捨て)となる。
ところで、被告は、労災法附則六四条に基づく履行猶予の抗弁を主張するので、以下、この点について検討する。
原告正栄の障害等級は一級であり、障害補償年金の給付基礎日額は一万〇四七五円であるから(甲二〇)、原告正栄の障害補償年金前払一時金の最高限度額は、一三四〇日分で一四〇三万六五〇〇円となる(労災法附則五九条二項、五八条一項)。原告正栄は平成一〇年一二月三一日に症状が固定したから、この時点を「前払一時金給付を受けるべき時」とすると、損害が発生した本件事故当時から二年と一二八日経過しているから、ライプニッツ方式により、その間の中間利息を控除して、右前払一時金の最高限度額の損害発生時(本件事故当時)の現価、すなわち履行猶予額を算出すると、左記の計算式のとおり、一二五一万二四七九円(一円未満切り捨て)となる(労災法附則六四条一項一号)。
したがって、原告正栄の損害賠償請求権のうち、逸失利益に関する部分は、右の履行猶予額の限度で未だ期限が到来していないということになるから、原告正栄に請求が求められる逸失利益の額は、過失相殺後の二九〇八万九七九三円から、右の履行猶予額を控除した一六五七万七三一四円になる。
(計算式)
14,036,500÷{1.05×1.05×(1+0.05×128/365)}
=12,512,479
ところで、労働者が労災給付を受けたときは、その給付の限度で損害賠償請求権は減縮し、また、当該給付を得たものと同視し得る程度にその履行が確実であるという場合も同様に解すべきである。
原告正栄は、障害補償給付として平成一一年一月分から平成一二年一月分まで合計三五五万一九二五円(一月あたり二七万三二二五円)の支給を受けた。また、年金の支給は支給すべき事由が生じた月の翌月から始めるから、本件訴訟の口頭弁論が終結した平成一二年二月二二日の時点では、同年二月分及び三月分の合計五四万六四五〇円については障害補償年金の支給を受けることが確実であったといえるから、これを加えた合計四〇九万八三七五円は損害のてん補としてこれを控除すべきである(特別支給金三六万六一六四円は控除しない。)。また、休業補償給付のうち、休業損害を上回った一万九四八八円もここで損害のてん補として控除されるべきである。しかし、いずれにしても、これらの合計額を超える額について期限が到来しておらず、被告会社の履行猶予分のうち免責分が増加するのみであるから、原告正栄に請求が求められる逸失利益の額は、先の一六五七万七三一四円となる。
(5) 慰謝料
慰謝料の二四〇〇万円に原告の過失割合五〇パーセントに相当する金額を控除すると、過失相殺後の金額は一二〇〇万円となる。
(6) 損害残額
(4) 及び(5) の金額を合計すると、二八五七万七三一四円となる。
(七) 弁護士費用(原告正栄主張額二五〇万円) 二五〇万円
審理の経過、認容額などの事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、二五〇万円を相当と認める。
2 原告鈴木和子らの損害
(一) 慰謝料(原告鈴木和子ら主張額 原告鈴木和子三五〇万円、原告鈴木雄大及び原告鈴木まどか各一五〇万円)
原告鈴木和子 二〇〇万円
原告鈴木雄大及び原告鈴木まどか 各一〇〇万円
原告鈴木和子、原告鈴木雄大及び原告鈴木まどかは、原告正栄に残存した障害により、原告正栄が生命を害された場合に比肩すべき精神上の苦痛を受けたというべきであるから、慰謝料として、原告鈴木和子において二〇〇万円、原告鈴木雄大において一〇〇万円、原告鈴木まどかにおいて一〇〇万円を認めるのが相当である。
(二) 過失相殺
本件事故に関する原告正栄の過失割合は五〇パーセントであるから、原告鈴木和子らの慰謝料についても、被害者側の過失として同じ割合に相当する金額が控除されるべきである。
したがって、原告鈴木和子らの損害額は、原告鈴木和子が一〇〇万円、原告鈴木雄大及び原告鈴木まどかが各五〇万円となる。
第四結論
以上によれば、原告らの請求は、不法行為に基づく損害金として、被告会社に対しては、原告正栄において三一〇七万七三一四円、原告鈴木和子において一〇〇万円、原告鈴木雄大及び原告鈴木まどかにおいて各五〇万円と、これらに対する平成九年三月二七日(不法行為の日以降の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告児玉久米男に対する請求は理由がない。
(裁判官 山崎秀尚)